まれに見る個性と集中力

625日 紀尾井ホール

クロアチア生まれで、ユーゴ紛争のあと現在フロリダに住んでいるピアニスト。1985年のショパンコンクールではポゴレリッチと同様の扱いを受け、入賞を逸したが、聴衆からは圧倒的な支持を受けた。この他いくつかの国際コンクールを受け、めきめきと頭角を表し、世界中で演奏活動を展開している。今回が4回目の訪日になるが、次第にファンの数を増やし、愛好家はもちろん、専門家、とくにピアニストたちの評価は高い。この日も高名なピアニストの顔が聴衆席に何人か見られた。ベートーヴェンの『月光』でコンサートは始まった。音に対するこだわり、集中度が極めて高く、とくにピアニッシモへの美感が他の追従を許さない。しかも解釈は新しい声部の設定などに見られるように、個性が輝いている。『ロンド・ア・カプリッチョ』は主題にいろいろ衣を着せ替えながら、軽妙洒脱な仕上げにもっていく。次の『熱情』では強靭な指から生まれるピアニシモとフォルテシモで音楽の縁取りを色濃く描いた。しかも朗々とした歌謡性を聴かせる。リストの『エステ荘の噴水』では目まぐるしく移り変わるきらびやかな音色が披露され、おおらかに歌う左手の旋律とともに、あたかも噴水を見ているような気分にさせてくれる。そして緊張を持続させて、リスト唯一のソナタへ流れこんだ。いくつかある主要動機にゲキチは個性を色濃く注入し、激情と叙情を明白に対比させ、とくに透明な世界でピアニシモに浸ったあとのフーガの集中力は印象に残る出来映えであった。玄人好みが頷ける。

[]栗山 和

(株)ショパン発行 『ショパン20028月号』掲載記事より許可転載